Q. 大佛次郎が、
鞍馬天狗について久米正雄に怒られた、と書いている文章は何か。

(写真:鎌倉カーニバルにて。右が久米正雄、左が大佛次郎。
後ろに写っているのは祭りの山車で、鎌倉海老に乗るベティ・ブープ。)
A. 大佛次郎はエッセイ「生涯の友」の中で、こう書いています。
「もう鞍馬天狗は書かないと言い出したら、達見の久米正雄が顔を赤くして、意見した。
君は鞍馬天狗を持っているから我々と違って救われているのだ。
……あれァ君の身上なんで、あいつがあるから、他の勝手な仕事ができるんじゃないか?」
(雑誌「サンデー毎日」1953年9月10日号に掲載)
映画、テレビ、紙芝居などなど…大人気のヒーロー・鞍馬天狗でしたが、
負けない強い主人公を書き続けることに不条理を感じ、疲れてしまった大佛次郎。
思わず愚痴を言ったところ、先輩の久米氏にピシャリと言われてしまったそうです。
イベントなどで町を盛り上げ、先導した鎌倉文士の久米正雄。
野球チームやお祭りなど、仕事以外で一緒に活動することもありました。
(写真:1933年、文士野球チーム〈鎌倉老童軍〉が静岡遠征に行った際の記念写真。前列左より久米正雄、里見弴、大佛次郎。)
当館には、久米正雄をはじめとする鎌倉の人々の写真も多く残っています。
冒頭の写真の鎌倉カーニバルは、
久米正雄と大佛次郎の発案で、鎌倉に住む文化人や、地元住民が協力して1934年に第1回を立ち上げました。
以後、鎌倉の夏の風物詩として定着していったそうです。
また、現在開催中の展示「大佛次郎 美術の楽しみ ~大佛次郎コレクションより」では、
鎌倉カーニバルの初期にユニークな山車を制作した、
画家の今泉俊次(いまいずみ・としじ)の油彩画も展示中。

(写真:鎌倉カーニバルの山車、鎌倉海老に乗ったベティちゃん。
鎌倉駅付近から出発、町を練り歩いた。
左:この山車をデザイン・制作した画家の今泉俊次、右:大佛次郎。)
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